ストレスで「うつ病」にはならない。それは擬態うつ病!

「こころと脳の相談室名作選集 家の中にストーカーがいます(2015)」がホラー的な意味で面白かったことから、本の中で紹介されていた「擬態うつ病/新型うつ病 実例からみる対応法  林公一著(2011)」を読んでみました。

断定的な物言いが多く、言い過ぎ、もしくは好意的に解釈すれば一般の人にも分かりやすくするために必要な説明をザックリと省いたのかな、という尖った印象の内容でした。

とは言え、世間で認識されているうつ病と言われるものの多くが実はうつ病ではなく、ただの甘えやパーソナリティ障害、双極性障害、躁うつ病、もしくは適応障害などであるという事は確かにその通りなのでしょう。それをわざわざ「擬態うつ病」という新たな名称を付ける必要があるのかどうかは別として。

 

例によって気になったところをまとめてみました。

 

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 ストレスでうつにはならない 

うつは病気です。ストレスが原因で落ち込むのは、人として自然な反応であって、病気ではありません。当たり前のことです。ですから、ストレスを原因とするメンタル不調は鬱ではありません。けれども最近では、それらが混同されている。憂うべき状況です。ストレスが原因で落ち込むという、人が誰でも乗り越えなければならない心身心理状態を、とりあえず薬で何とかしようという風潮も生まれています。

そこで、ストレスを原因とするメンタル不調=適応障害とはどのようなものか、はっきりと示すことにしました。

 

 うつの原因は? 

うつ病は病気。それが出発点です。ですから最も重要なことは「うつ病は病気であることを認める」ということです。うつ病は、脳の病気です。発症の原因は、遺伝子、育った環境、性格傾向、現在の環境(ストレスなど)が複雑に絡み合っていますが、結果として発症する脳の病気がうつ病で、うつ病の症状の中心となるメカニズムは、脳内の神経伝達物質の変調です。

 

 擬態うつを無くす方法 

医師が、医療のプロフェッショナルとして、毅然とした態度を取ることが必要でしょう。うつ病でないものをうつ病でないとはっきり言えば、感謝されることはなく、それどころか、非難されたり、時には中傷されることもあるかもしれません。たとえそうであっても、医学的な事実は曲げないのか、医療のプロフェッショナルとしての態度だと私は思います。 

 

 Tochiの勝手な感想 

うつはストレスではならない!といい切っているのを読んで、ほー知らなかった!だったらTochiが昔なったのは明らかに仕事のストレスだったのでうつじゃなかったのか!と思った反面、至る所で仕事などのストレスに関する話が出てきており、うつの原因にも環境(ストレスなど)と挙げているので混乱しました。

要は表現の問題で、うつはストレスがメインの要因では無いといいたいだけか、短期的・直接的なストレスで起きる反応は適応障害だから、定義上それはうつとは言わないという事のようです、たぶん。

 

 

うつと適応障害のイメージ図

 

 

とは言え、症状には個人差があるだろうし、説明能力だって個人差が大きだろうにも関わらず、患者の症状をちょっと聞いただけでこの違いを区別するなんてよほどわかりやすい場合以外は難しいだろうし、そもそも病気の定義だって便宜的に付けただけで明確な線引があるわけでも無いだろうに、この確信めいた物言いは一体どこから来るんだろうか・・。

例えば、特定のストレスが始まって3ヶ月以内に症状が発生し、そのストレスが無くなって6ヶ月以内に症状が消えた場合は適応障害とするのが一応の基準(DSM-5)になっている様だが、この期間だって相当に適当なものだし、そもそも結果論で初めてわかることを診断基準にしている時点で、症状を聞いた時点で正しい診断が出来るはずもないことは明らかだ。

 

また、誤診でうつが量産されているという懸念は強く共感できる反面、その原因がセカンドオーピニオンが浸透したことや、医師の毅然としない態度の問題だとするのも(立場上、踏み込めないだけかもしれないものの)、随分お粗末に感じた。こんなの明らかに製薬会社と医師と厚労省がタッグを組んで公金チューチューし続けてきた結果以外に考えられないと思うのだが。

 

そもそも、うつに見られる典型的な脳の変調(例えばセロトニンの減少)だって、セロトニンが作用する脳部位によって様々な、一見すると真逆の様なものも含む、症状を呈することが光遺伝学を用いた動物実験などで示されている。つまりうつのメカニズムも、それが薬で治るメカニズムも、実はまだ十分にはわかっていないというのが実情だと言える。それを知ってか知らずか、何故こんな断定的な(恐らく偏見に満ちた)物言いなのだろうか・・。

 

とまあ、言っている事自体は概ね納得できた反面、言い方が気になって色々と反論したくなる本だった。そして、もし問題提起と議論の活性化こそが著者の作戦だとしたら、実に見事に嵌められた訳である。

 

 

== 24.6.11追記 うつとサボりの違い ==

むしろ「擬態うつ」の方が存在しないんじゃないかという様な考え方をしている専門家もいるようです。

医学的にはこの様に賛否両論あるのでしょうが、科学的には自意識は錯覚だという考えが主流ですので、その視点からすればサボりですら自分の判断で楽をしているという訳ではなく、そうせざるを得ない状況(や能力)であると言う事なのかも知れません。

 

ただ、仮に意識的にはやっていなくとも、ヒトに限らず生物は基本的に省エネが信条ですので、(良し悪しはともかく)放って置くと自動的にサボる様に出来ている様な気がしないでもありません。

問題はそれが「病的な程かどうか?」ということなのかも知れませんが、本能が想定しているのとは大きく異なる環境に身を置いている現代人において、病的なのはそのヒトなのか、むしろ環境の方ではないのか、は判断が極めて困難なことである様に思えます。

 

または、「働きアリの法則」の様に、個体差はあれど集団で一定比率がサボるのはむしろ集団的な戦略であり、集団を維持するのに必要なバッファーであるという見方だって出来るのかも知れません。「俺はサボるという重要な仕事をしているんだ!」的な?

 

コメント

  1. ふなむし より:

    私は本を読んでいないのでよく分かりませんが、ストレスでうつにはならないと言うより、「ストレスを原因とするメンタル不調(適応障害)程度は鬱ではありません」と言う事ですかね?
    確かにうつ病は脳の病気ですが、血液検査などで本当に脳が変調しているかなど分からないので、正確な判別はできないですね。

    • Tochi より:

      ふなむしさん今晩は!
      本を読んだ感じでは、ご指摘のようにうつのポイントは脳に変調があるということのようでした。強弱に関しては触れていませんでしたが、恐らくどちらが症状として酷いということではなく、継続性を問題としているのだろうと読み取れました。

      とはいえ、適応障害には脳の変調が一切見られないというわけでもなさそう(場合によっては同じ治療や薬が効くとのこと)なので、だったら何故うつだけを極めて厳格に定義したがっているのかは理解力不足で今一良くわかりませんでした。

      また、それなりに手間はかかるのでしょうが、例えば神経伝達物質受容体数はPET(放射性物質を使った検査)で、海馬の萎縮などはMRI(血流の検査)などで、脳の変調を捉えることはある程度可能なはずなので、ちょっと患者の話を聞いただけで適当な診断を、しかも「うつという誤診」を多発しているというのであれば、それは精神科業界が改善すべき問題で、患者のせいにするのはお門違いじゃないかなぁ・・とかなりモヤモヤしました。ヤベッうつかも(笑)