たまたま見かけたネット記事で興味を持った生物学者の池田清彦さん著<PR> 「人生に「意味」なんかいらない(2023)」を読んでみました。
個人的には稀に見るほど共感できる内容が多い本でした。
例によって気になった箇所をメモります。
「本当の自分」ではなく「自分が適応できる場所」を探せ
現代に生きる人の中には「自分探しの旅」などというものに惹かれたり、実際に旅立つ人もいる・・(中略)・・動物は確固とした自我がない。それゆえ本当の私って何だろう?などという疑問にとらわれることもない。人間だけが「本当の私」という概念を巡って悩むのだ。しかし、考えてみると、それはとても変なことだ。
今、そこに、ありのまま存在しているあなたが本当のあなたであって、それ以外の何者でもないはずなのに、本当の私はここにはいない、本当の私を探したい、という。
なぜ、そういうことになるのかと言うと「メタレベルの私」すなわち自我から見て「リアルな私」の現状がものすごく不満だからだ。
自分はいつかきっと一皮むけて、今よりもっと素晴らしい自分になれると信じているのだ。それは、はっきり言って自我の妄想なのだ。自我の妄想と「リアルな自分」の落差が激しくなるとありのままの自分をどんどん嫌いになっていく、今流行の言い方で言えば「自己肯定感」が低くなっていく。そして結局、会社や学校の中の「リアルな自分」を嫌悪して「本当の自分はこの自分じゃない」などと。気もそぞろに過ごしているわけだから、人生がかなり苦しい・・(中略)・・要は、今のありのままの自分を認めてそれで満足するか、あるいは少しでも理想に近づくために近づくように努力するから問題であって、今のありのままは自分を認めないという道は歩み始めた途端におかしくなっていくのだ・・(中略)・・
本当の自分は、今そこにいるのだということ、それ以外の自分を探そうとしないこと。これは、現代を健やかに生きていく上でとても大切なことだ。
利他主義の行き着く先は全体主義
利他主義とは利己主義の反意語で、自分以外の他の人のためになることをしなさいという考え方だ。一般的には良いことだと信じられているが、だからこそくせ者なのである・・(中略)・・まずは家族のために頑張る。それは健全だ・・(中略)・・しかし、「会社のため」と言い出したり、もっと大きくなると「村のため」「国のため」さらには「世界平和のため」とか、旧統一協会信者だったら「神のため」とか単位が大きくなるに従って、どんどんいかがわしくなっていくことに気がつくだろう。
利他主義と聞くと人間として素晴らしい模範的な考えと思ってる人が多いが、とんでもない。本当は、利他主義という言葉は、権力者が被支配者層を呪縛するための呪文なのだ。
現在の権力は資本主義なので、あなたが、利己的に、自分の幸せ、自分の楽しみ、自分の喜びのために「猫」のように生きることを選ぶと、資本主義はそれを「けしからん」と非難する。なぜなら、それは資本主義にとって役に立たない生き方だからだ。その時にあなたを非難する際に使われるのが「利己的」「利己主義」という言葉なのだ。だから「利己主義」はこの文脈では悪口なのだ。しかし、資本そのものは利潤の追求を目的とする徹底的な利己主義だ。国民の「利他主義」は権力者の「利己主義」のためのスローガンになっている。
そして、利他主義の行き着く先は何かというと全体主義国家だ。
国のために働きなさいというスローガンの下で、国民のすべてが一団結したらどうなるか。そして、それ以外の生き方を選ぶ人を否定したら?
全体主義とは、個人が全体のために、個人の楽しみを犠牲にしろというポリシーなので、全体という集合的な他者のためになることをしなさいということは「個を没せよ」と命じているのと同じだ。従って、家族以上の単位のために働くという考え方を、多くの人が良しとすればするほど、その社会はだんだんと全体主義に近づき、個人の自由が脅かされる、生きづらさの極地のような状態になってしまう。
「自分は誰かにとって役に立つ意味のある存在にならなければいけない」という意味を求める病から、多くの人が抜け出すことができないと、おそらく行き着く先はそんな社会だ。
健康診断やSDGsの大嘘
自覚症状がない人が健康診断を受けても、受けない人と比べて死亡率に差がないことが海外での大規模な比較研究により明らかになっている。しかし、日本ではその手の情報をマスコミが流すのタブーのようで、多くの国民は健康診断を受ければ病気が早期発見されて寿命が多少伸びると信じ込まされているようだ。
さらに、健康診断を受けて早期発見ができれば医療費を削減できると、これまた嘘の情報を信じて健康診断を受けるのは自分のためばかりではなく、世間のためだと思って、少しばかりいいことをしたと晴れがましい気持ちになってる人も少なくないようだ。しかし、健康診断で、高血圧や高コレステロール血症と診断されて、自覚症状もないのに薬を飲むと、かえって健康を害する。医者や製薬会社は儲かるけれどね・・(中略)・・高血圧でも同様な現象があって、高齢者はある程度血圧が高い方が長生きすることが分かっている。
SDGs は環境に配慮しないと今に地球は大変なことになって、あなたや あなたの子孫の生存に負の影響が出るという脅しをかけて、一部の環境関連企業が儲けようという、私に言わせれば最悪のペテンで、多くの現代人が騙されている・・(中略)・・CO2が地球温暖化の主因という話は嘘であるし、ソーラーパネルや風力発電が環境に優しいという話は大嘘であるが、これらを推進することによって 関連企業は大儲けすることができる。資本主義は手を変え品を変えて儲けることを考えるわけで、人生の目的は金を稼ぐことではないと思っている善良な人々もSDGs には意味があると考えた途端に、資本主義の儲けの片棒を担がされてしまうわけだ。
人間が意味を求めるようになったターニングポイント
狩猟採集時代の実労働時間は1日3時間程度と言われている・・(中略)・・これに対し、農耕時代になると、働けば働くほど収量が増えるので働かずにサボることが許されなくなってくる。その結果、働く人は偉くて、働かない人を偉くないという、働かざるもの食うべからずという倫理が生まれてくる。戦争が起こるようになったのも、農耕社会になってからだ。ある集落で飢饉が発生して食料不足となり、このままでは飢え死にする他ないとなった時に、一か八か豊富な食料を持つ集落を襲うというのが原始的な戦争の始まりだ・・(中略)・・
ともあれ、最終的に集団が1万を超え、小さな国家ができると、指導者層と中間層と平民と奴隷が生まれる。こうした身分制度下では、下層の人たちは朝から晩まで働かされるので、生きていても現世はただの苦行となる。そうした人々を救うために生まれたのが宗教というわけだ・・(中略)・・
以上のように、人間が生きてる意味とか価値を考えるようになったのは狩猟採集民から農耕民に移ったことがターニングポイントになる。そして国ができて、宗教が生まれ、道徳が生まれると、それに付随して「生きる意味」という物語が生まれてくる。
社会生活を成り立たせるためには、資本主義にせよ共産主義にせよ、何らかのナラティブを共有することが前提となる。しかし、個が完全にその中に組み込まれてしまうと、他人によってあてがわれた生きる意味や目的によって人生がコントロールされて、ふと気がつくと自分は何のために生きてるんだろうという疑念が湧いてくる。
資本主義が北方の国から起こった理由?
南国に住んでる人はおおらかで陽気なイメージがあるが、生きるために必死に労働せずとも暮らしていける余裕が彼らの気質に影響していることは間違いない。反対に北国の人は、食料を蓄え越冬するための準備も欠かさずしていなければ生きていけないから、労働が重要視される。資本主義が北方の国から起こったのは故ないことではない。
役立たずと言われても気にするな
つまり、私が言いたいのは、役に立たなくてもいいということだ。役に立つ、役に立たないという考え方そのものが、資本主義に組み込まれている人の発想にすぎず、その考え方にこだわる必要は必ずしもないということ。金が儲からなくても楽しく生きられるのであれば、資本主義の「役に立つ」「役に立たない」という基準で出来上がってるシステムから多少は自由になれる・・(中略)・・
もちろん、半自給自足生活ができる人はあまりおらず、ほとんどの人は現代の資本主義システムにディペンドしていきざるを得ないわけだが、金儲け第一主義を多少冷めた目で見ながら、生きた方がいい。
資本主義が作り出した「役に立つ」のは善「役に立たない」のは悪という基準をマジで信じていることが問題であり、別にその基準を満たした人生を生きる必要はないことに気がつけば、人生はずっと楽になるはずだ。
役に立つか役に立たないかという基準は、これから社会がどんどん変わっていけば、いつか過去のものになるかもしれない。私たちは、役に立とうが、立つまいが、存在している。存在しているものは、存在しているのだから、資本主義の基準に一生懸命合わせようとせず、それぞれが今一番楽しいと思えることをやる方が何倍も人生が豊かになるだろう。
自分にとって楽しい意味ならばいいけれど、苦痛になるようなものまで意味を見出そうとするのは、とりあえずやめた方がいい。
意味などなくてもいい。今、この一瞬を楽しむことができれば、それで、十分、あなたの人生は幸せではないのですか? 意味を求めすぎるから、その目の前にある幸せが見えなくなるのではないでしょうか。
人生における不変で普遍の意味
約30万年前に出現したとされる現生人類(ホモ・サピエンス)がいつまで生存するのか、もちろん誰にもわからないわけだが、チンパンジーから分岐して現れた化石人類のいくつもの種は、せいぜい100万年ぐらいしか生存しなかったわけで、ホモサピエンスもこの後、長くとも数百万年以内には絶滅するだろう。
人類が永遠に生き続けると夢想する人もいることは分かっているが、太陽系にも寿命があり、銀河系にも寿命があるわけで、永遠に人類が生存することはありえない。
人類が絶滅してしまえば、人類の全ての業績は何の意味もなくなってしまう。
悠久の宇宙の時間の流れの中では、人類の生誕も絶滅も、人類が築いた文化も文明も、一瞬の点のようなものだ。だから、もちろん人生には不変で普遍の意味などはないのだ・・(中略)・・
人生の意味を求めて悩むよりも、意味などないと悟って自分が最も得意なことをして楽しく生きた方がいい。
Tochiの勝手な感想
「人生に”絶対的な”意味はない」というのは、意味という物が往々にして特定の立場(例えば働いている会社や日本社会、資本主義)から計測した価値や関係性に過ぎない以上、価値は相対的だし立場だって無数にある訳なので議論する必要すらない当然な事である気がしますが、人生の意味を自分で見つける、ないしは見つけようとする事こそが(他の動物には無い)ヒトとして生きる意味である様な気もするので、その手前までの議論を、わざわざおじいさんにまでなって本にする程のことか?というささやかな疑問が終始つきまといました。
ただ、それを声を大にしてまで言いたくなる程、意味の規格が統一され、それを疑問に思わせない様な洗脳が進んだギスギスした時代になりつつあるのではないかという著者の警鐘が込められているようにも思えました。
ベーシックインカムでお金を配った方がいいとするMMT(現代貨幣理論)的な発想は、「このインフレ下で流石にそれはないわ~」とは思いましたが、それ以外に関してはすっと納得できる気持ちのいい、とはいえ常識外れの社会不適合者的な発想が多く、何だか初めて友達を見つけたような気持ちになりました(笑)
ただまぁ、こうして書き起こしてみると元科学者という割には必ずしも証拠に基づいていない、思考実験からムリクリ導き出した様な、客観性が危うそうな理論も散見されており(ex:ネオダーウィニズムの自然選択説に対し、滅びと突然変異による適応よりもむしろ適応した場所に移動するのが主だったのではないかとする説)、話半分で聞くのが丁度いいのかなぁといった印象でした。
でもなーんか面白いから著者の本をもっと読んでみたいナ!
コメント
エディ王子が身を持ってレバレッジ投信はアカンことを実践してくれてますな
Tochiさんは早期にレバレッジ投信から撤退されていてよかったです
>エディ王子が身を持ってレバレッジ投信はアカンことを実践してくれてますな
そうなんですか・・
月曜はブラマンなんですかねぇ。長期投資に切り替えたとはいえ、気が重いです(資産総額も株価も見てないけど)
社会不適合者の自分も読んでみたくなりましたw
しかも典型的な文系脳の私は,tochiさんのような理系的考証も出来ずあっさり洗脳されそうな気がしますw
資本主義的な価値観に染まり過ぎていると人口の99%は自己嫌悪に陥ってしまうような気がするので,この本を話半分でも信じておくと自分の精神を健全に保つことが出来るような気がしますね。
株価いつ下げ止まるんですかねぇ(鼻ホジ)
こんにちは!
>社会不適合者の自分も読んでみたくなりましたw
(社会不適合者なら)きっと面白いと思いますよ~。自分はかなり気に入ったので既に何冊か追加で買って積んでいますW
>本を話半分でも信じておくと自分の精神を健全に保つことが出来るような気がしますね。
現代人のストレスの原因の大半は社会(文明)が急速に発展しすぎたことによる遺伝子情報(本能)と環境とのズレに起因するものだと思います。もしそれが正しいなら、現代の高度に発展しすぎた資本主義だの社会規範などにはドップリ浸かるよりほどほどに接した方がヒトとしてはきっと健全に楽しく生きられるんでしょうねー
(ただ今の日本にそれを許してくれるほど余裕のある社会(組織)が果たしてどの程度あるのかという・・)
>株価いつ下げ止まるんですかねぇ(鼻ホジ)
ですねぇ・・ホジホジ。鼻血どばぁー!
>>自分はかなり気に入ったので既に何冊か追加で買って積んでいますW
→僕も一冊amazonで注文しました。楽しみです。
>>今の日本にそれを許してくれるほど余裕のある社会(組織)が果たしてどの程度あるのかという・・
結局これですよねー。ほどほどに働きたいと思っても正社員でフルかアルバイトかみたいな選択が迫られますしねー。自営でも適当にやってたら稼げませんし。やっぱり若い時にフルでコミットして働いて資本を蓄積し出来るだけ早くのんびりが現実的かつ王道なパターンでしょうか。
>>ホジホジ。鼻血どばぁー!
これが定期的にあるから金貯めてFIREもそれほどお気楽じゃないですねw
>若い時にフルでコミットして働いて資本を蓄積し出来るだけ早くのんびりが現実的かつ王道なパターン
でしょうねぇ・・
殆どの雇い主は余裕が無いですし、仮にあってものんびりしてたらいつかライバルに負けますし、結局は同種(ヒト)同士の戦いなので、どの時代だろうが、AIが発展しようが、個人も組織も必死に頑張らならなきゃライバルに勝てない(生存や繁殖ができない)という事なんでしょうねぇ
一方で、例えば「エリマキシギ(鳥)」の様に、メスを巡るオス同士の戦いから一線を引き、メスに擬態することでメスに近づくという(ずる賢い)戦略を取るような動物も知られています。戦いを避けてもなお繁殖する、まるで現代のFIREの様な生き方も、(大道には成り得ないとは言え)存在するものなのかも知れませんね
>FIREもそれほどお気楽じゃないですねw
FIRE卒業がまた流行りそうw
お金だって資本主義だっていつまで保つかわかりませんし、(特にFIRE民は)出たとこ勝負で臨機応変に生き抜くしか無いですね。臨機応変こそがヒトの最大の特徴であり、この先の激動の時代を生き抜けるかどうかの分水嶺になるのか・・も?