アーリーリタイアハイテンションの戒め ~感覚受容器の仕組みに基づいた幸せ持続の法則~

アーリーリタイアハイテンションの戒め ~感覚受容器の仕組みに基づいた幸せ持続の法則~

どなたでも経験があるのではないでしょうか。体調が少しづつ改善していく風邪のひき終わりの幸せ感とか、明日から休みの金曜日の夜のウキウキ感とか。なぜ休みそのものよりも休みの前が楽しかったり、健康なときよりも病気から回復する時のほうが幸せに感じたりするのでしょうか?

 慣れる感覚受容器と注意の法則 

実は視覚や味覚、痛覚などのヒトの感覚受容器は、感覚そのものよりも感覚の変化をより敏感に感じられるような仕組みになっています。ラジオを聞き流しているとそのうち聞こえなくなったり、最初は熱いと感じたお風呂がそのうち何とも無くなるようなあれです。

ヒトの感覚は変化にはとても敏感だけど、一方で感覚の絶対量には極めて鈍感に出来ており、すぐに慣れて感じにくくなってしまうのです。

また、カクテルパーティー効果と呼ばれるような、ざわざわした中でほとんど大きさが変わらないような音でも、好きな女の子の言っていることだけよく聞こえると言った、何かに注目することで感じ方が変わるという現象があることもよく知られております。

 アーリーリタイアを始めた今とこの先の感覚受容 

アーリーリタイアを始めた今は変化のとき。

仕事がなくなって楽になったし、ご飯が美味しくなったし、くーぴーを飼ったし。正に感覚が大きく変化し、いいことばかりに注目します。今がハイテンションで一番楽しいときなのかも知れません。

だとすれば、後に来るのはマンネリ。これが普通になって鈍感になっていかにラッキーかを感じられなくなるのがヒトの仕組み上の必然かと。何だかとても勿体ない気がします。

 仕組みを利用してハッピーを持続する 

だとすれば、この多幸感を維持するためには、この残念な仕組みに抵抗するためには、少しの努力が必要になってくると考えられます。

常に変化を(できれば、、、成長を?)恐れずに生活し、好きなことに注意していると効果的かも知れません。余裕がないと新しいことにトライしたり気を配ったりなんてできませんので、これにも重要なのはやはり余裕かと。

それに刺激の絶対量ではなく変化に敏感なヒトの仕組み上、変化と言っても何も大きな変化である必要はなさそうです。大きいのを1つより、小さいのが頻繁にある方が感覚を維持するのにはきっと有効です。

春夏秋冬しかり、くーぴーの成長や表情しかり、小さな変化なんて普通に生活していれば自然と沢山あることです。だったらそれらにしっかりと意識を払い、感じ取るだけでもしかしたら十分なのかも。

そーだ、今日はルッコラ(種、食用)まいてみよっかな?

少なくともTochiにはこの程度の変化で充分そうです (*´ω`*)安上がり~

トリミングに連れて行ったらなんだかブサイクになったくーぴー

「ぶーちゃん」

(なんやそれ?ってかお前にだけは言われたないわ、、)